拈華微笑

我が琴線に触れる森羅万象を写・文で日記す

不立文字の『痛』

じつは、今日…歯医者で『親知らず』を抜いてもらうことになっていたのをわすれていた。歯医者で歯を抜くのは何十年ぶりだろう?抜く時、どんな痛みなもんだろうか?

AI…がどうのこうのという超新時代である現代であるなら、何の痛みすら感じず、サラッと抜いちゃんうんじゃなかろうか・・・。

といいながら、『Ai』という英語は、痛いときに発する叫びなんだけど!

前回痛みについて書いたけど、もう一つ忘れていた、『テニスエルボー』ならぬバトミントンエルボーで7月から10月まで肘が痛くて痛くてプレー出来なかったのだ。

バトミントンの30歳年下の先輩が、『コリや〜最低2ヶ月はプレーできませんよ、一撮さん』と言われて、ボクは即座に覚悟を決めて、フィジオセラピストにかかることにした。

キリギリスのような風体の女性セラピストは、実に話し好きなのはよかったのだけれど、話すと『ん〜んん・・・』と、親指を眉間にあててゆっくり考え始めるような人で、話している間はマッサージする手が完全にお留守になるセラピストであった。30分間のセラピストの内10分ぐらいはこんな調子なので正味15〜20分の施術。相方も膝痛でいいセラピストを探していたが、なかなか良いセラピストを見つけ出すのは難しい。

セラピストの件については後日話すとして、いまはこの痛みについて・・・

兎に角、ボクが体験する『腰痛』の痛みこそは、禅が言う『不立文字』(文字、言葉で表現できないこと)…そのものであると、つくづく思うわけであるが、最初に体験した時…今から33年前、2回目にローザンヌに来た時、その時借りていたアパートの居間でうつ伏せで倒れたのだが、あまりの痛さに起き上がる事ができず、そのまま何時間もじっとしていて、相方が仕事から戻った時、医者に連絡してアパートに来ていただいたのだが、痛みに対する恐怖のあまりボクは医者に触ることを拒否したので、何もせず帰ってもらった。(その時、医者は自分が来たことを口外しないように…と言ったのが印象に残っている)、結局勇気を振り絞って、居間からせんべい布団まで、はいはいをして移動し、相方に艾(モグサ)のひねり方を教え、灸をしてもらって2,3日で治った。

以来、この腰痛はボクの持病となり、年に1,2回は腰痛になっている現状である。

さて、この不立文字(ふりゅうもんじ)の痛みであるが、言語に尽くせない痛みというのは、本当に体験した者しかわかってもらえないものであるが、最初にボクがこれを体験して、痛みが治った時しみじみと思ったのは『ああ〜こんな痛みを体験している人が他にもいるんだよな〜・・・、自分は鍼灸師だし、本当に治してあげたい・・・』と心底思ったものだ。

問題はそこだよね。体験した時、他の人を思いやる心が生まれること(自然に)

そこに法門に続く道というものがあるのだと思う。

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では、これから歯医者さんに言ってきます・・・Aiiiiii !