拈華微笑

我が琴線に触れる森羅万象を写・文で日記す

弥勒にたずねよ

『コロナ騒動』は世界に様々な問題を浮き彫りにしながら、各国それぞれのやり方で収束にむけて懸命な努力をしている。

スイスも

4月27日(月)ちょうど一週間前には〜💈美容室、床屋、マッサージサロン、🌷ガーデニング用品、花屋 🏥病院、診療所、リハビリ院 などが再開

 

5月11日(月)から再開 学校(各州が決める) すべての小売店 飲食店(一卓4人まで)博物館、図書館 公共交通機関 競技スポーツの練習 入国制限の段階的緩和 旅行会社

 

6月8日 動物、植物園  映画館、劇場  山岳鉄道 義務教育以外の学校 5人超の集まり

    プロリーグの無観客試合などが再開

8月末まで 1000人超の大規模イベントhは禁止

・・・スイスではざっとこんな予定になっているようだ。

 

今回の『コロナ騒動』の件では世界中の有識者達が、ほとんど口を揃えて、『コロナ騒動』前と後とでは生活様式が変わるだろう…とほとんど言い切っているのをよく聞くが、まぁ偉い人が云うんだから、そうなんだべか〜・・・ってボクなどは思っていた。

しかし、連日のように大好きな『弥勒菩薩像』を眺めていたら、ふと疑念がわいてきたのだ。

というのは、弥勒菩薩は未来の仏様、やく57億7000万年後に衆生を救済するために仏となって現れる…といわれている。ということは、そんな遠い未来も仏様の需要がいるということは、人間というのはいつまで立っても覚醒することもなく無明のまま愚かでいるとゆうことではないだろうかと思えてきたのだ。

そう思うと、ボクは今回のコロナ騒動なんかも、運良く終息した場合、我々人間どもは何事もなかったように以前とまったく同じように過ごすことになるのではないだろうか、と思う。

世界レベルではどうか知らないが、こと日本にかぎり、どんなに悪政をおこなっても何の関心も示さず、友人たちと街に飲み食いに行ったり、TVのお笑い芸人たちの話しに腹を抱えて笑い倒すこれまでと同じ生活を続けるに違いない。

無明(むみょう)の内に「問」があれば悟りに通じる。問いかける人がいる限り弥勒菩薩は待機しているのだろう。

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