拈華微笑

我が琴線に触れる森羅万象を写・文で日記す

孤独…死

先日ネットで『孤独死』についての記事を読む機会があった。

少子化、老齢化が進む中当然の現象として老人の孤独死の増加があるわけであるが

問題は、老人や中年と呼ばれる人々が独りで死んで、遺体が腐敗するほどの期間誰も気づかずに放置…それも賃貸家屋の場合その後の賃貸に支障をきたす要素となるため…それは問題とされている。

そこで、2012年に書かれた特掃隊長著『特殊清掃』という本を読んでみた。

著者が大学卒業後、『珍業への好奇心…』などの動機で23歳の時始めた人、動物遺体・糞尿・山積ゴミなどに関する汚染汚損処理業について20年にわたってブログに綴ったものを編集して本にしたもので、あとがきを、あの養老孟司氏が書いている。

どこか淡々とした文章のなかに、日常からかけ離れたすざましい現場の様子と、彼個人の血の通う視点を読み取ることができて、仕事は特殊清掃だけれど、孤独死そのものを特殊視していないところが救われる気がする。

孤独死については、別な著者でもっと最近書かれた本があり、いつか読んでみようとおもっている。

ここスイスでももちろん老齢化が進んでいるので、孤独死もあるのであろうが、ボクの知る限り大半の老人が老人ホームや病院などの施設で死を迎えるケースが多いため日本で問題になっているほど孤独死という問題はそれほど目立っていないようだ。スイスといえば『尊厳死』が有名だろう。

日本で核家族が流行語となったのが1963年だそうだが、その後核家族が一般的となって今ではむしろ2世帯が同じ家で住むことの方が珍しい現在、約1000万人が独居することになり『孤独死』は増加の一途をたどることになるそうだ。

そこで大切なのは、『孤独死』の捉え方であるが、惨めな死にざま…という思いは間違っている。仏教的にいえば『孤独死』も堂々たる死に様に相違ない。ただ、腐敗して他人に不快な思いをさせるのは忍びない…という故人の思いからすれば、これはなんとかしなければいけない問題でそこは、AI時代、『バイタルサイン』の装置などを設置するだけでこの問題は今すぐにでも解決するのではないだろうか。

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