拈華微笑

我が琴線に触れる森羅万象を写・文で日記す

マンガは萬芽だった…

若者たちと混ざって日仏言語交流(タンデム)をやっていると、若い外人さん等(*彼らは外人と呼ばれるのを快く思ってないようだ…が)が日本文化に興味を持ち始めた動機は例外無く日本のマンガというか、アニメ漫画の影響をうけていることは間違いないようだ。

それについては、なるほど~・・・と思っただけで、これまでそれ以上に深く考えていなかったけれど、よ〜く、よく今年68歳になる自分の幼少時の事を考えてみると、外人どころでない、100%純日本人(江戸っ子と道産子のハーフですが)のボクですらマンガがなければ、今のボクはなかったんではないだろうか!!という衝撃の事実に今頃気がついたのだ。

北海道のオホーツク海の内陸の片田舎北見盆地で生まれ育ったボクが、武士道…みたいなものが、なんとなく理解できるのは、小学校の時散々見た東映映画時代劇と時代劇マンガのおかげであることを改めて僕らの世代の人間は考えなければいけないのではないだろうか???。

それと、北海道は本土から寄せ集めた屯田兵による開拓にて発展した経過があるわけであるが、それって海外に赴任した日本人みたいな面持ちや気概があって、開拓地でありながら、それぞれの出身地の郷土愛による、詰まるところは日本人魂をあんがい競い合うこととなったのではないだろうか。

ボク自身はそんな視点は全然なくて、本土と比べて我が郷土の田舎性に大いに劣等感を抱いていたのだが、子供の頃に見た秋の北見祭りを思い返すと、ど田舎の大通りを槍を持ってヅラをかぶった奴さんの行列『下に〜下に!』とやっていたのは、参勤交代のなかった道産子による日本人魂しいの表れだったのではないだろうか。

マンガしかなかった…と書くつもりが、そうでもなかった…という展開になってしまうところが、文章を書く面白さだろうか。

とにかく、小、中、高…と莫大な時間をマンガに費やした者としては、マンガは日本文化を育成する上で貢献していなければ困るのである。

f:id:syaraku-sai:20200208212135j:plain

貸本屋に通い詰めた習慣は成人後古本屋に毎日のようにのぞきに行くことに繫がった図